3月15日放送のチコちゃんに叱られる!で
なぜ甲子園球場はツタで覆われているの?
という質問がありました。
チコちゃんに叱られる!なぜ甲子園球場はツタで覆われているの?
なぜ甲子園球場はツタで覆われているの?
答えは、手っとり早く外国っぽくしたかったから
詳しく教えてくださるのは
大阪スポーツマンクラブ 会長
玉置通夫さん
- 甲子園球場は 今から95年前の1924(大正13)年にできた国内で現存する最古の野球場だそうです。
- 作ったのは、大阪と神戸を結んでいた、阪神電鉄
- 当時、阪神電鉄は、並行して走るライバル阪急電鉄としれつな路線開発競争をしていたそうです。
- 甲子園球場を作ったのは当時 阪神電鉄 専務 三崎省三(みさき せいぞう)さん、阪神電鉄 設計技師 野田誠三(のだ せいぞう)さんだそうです。
- 実は甲子園球場をツタで覆ったのもライバルの阪急電鉄との絶対負けられないという戦いがあったそうです。
- その当時、大阪と神戸の路線を開通させた阪神。
- 一方、阪急は農村地帯だった宝塚に路線を通し住宅地として開発、さらに温泉と歌劇団を作り沿線に華やかな街が生まれたそうです。
- 1920(大正9)年に阪急が神戸線を開通させ一気に規模を拡大させていったそうです。
- ライバル阪急に脅威を感じた阪神にはビッグプロジェクトが必要だったそうです。
- 1923(大正12)年オシャレな阪急に対して阪神が目を付けたのは、当時大衆的な人気を誇っていた高校野球だそうです。
- 阪神は、野球場建設し、野球場を中心としたテーマパーク開発をしようとしたそうです。
- 設計技師 野田さんは、見たこともない野球場の設計に取りかかり3ヶ月で図面を書いたそうです。
- 現在、野田さんが書いた設計図は甲子園歴史館に大切に保管されています。
- もっともこだわったのは観客席、客席の前後を広くとることにより、勾配をなだらかにしながらも どの席からもグランドを見やすくしたそうです。
- 肝心のツタのことは設計図には一切書かれていなかったそうです。
- その年の高校野球に間に合わせるために 現代でも1年はかかる施工期間は4ヶ月半しか
なかったそうです。 - 無茶な要望のため、球場建設現場に電球を垂らして、24時間体制で工事をつづけたそうです。
- さらに牛にローラーを引っ張らせ、たった4ヶ月半後の1924(大正13)年7月31日に甲子園球場を完成させたそうです。
- 甲子園球場は、収容人数は 約4万5千人で当時のヤンキースタジアムにも匹敵する世界最大級の野球場だったそうです。
- 信じられない早さで作った甲子園球場は、建設地に良質な川砂が大量にあったため、頑丈なコンクリートで作ることができたそうです。
- 1995(平成7)年の阪神・淡路大震災でも ほとんど被害がなかったそうです。
- 4ヶ月半という突貫工事だったため外壁はコンクリートむき出しままだったそうです。
- 海外のような雰囲気を出すために、資料を見ていたときツタで覆われていいるヨーロッパの古城の写真が目に入って、それを参考人したそうです。
- 1924(大正13)年秋から冬に、甲子園球場の外壁にツタが植えられたそうです。
- 現在の甲子園のツタは、1924(大正13)年 最初に植えられたツタの子孫だそうです。
- 2006年 球場の改装工事のためにツタを一度伐採したそうです。
- 伐採したツタの苗木を、全国の高校生が育てて2008(平成20)年リニューアルした甲子園に里帰りしたそうです。
チコちゃんに叱られる!なぜ甲子園球場はツタで覆われているの? まとめ
今回は、チコちゃんに叱られる!なぜ甲子園球場はツタで覆われているの?
について情報発信させていただきました。