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チコちゃんに叱られる!なぜ始球式で空振りをするようになった?4月19日

こんにちは!

4月19日放送のチコちゃんに叱られる!で
なぜ始球式で空振りをするようになった?
いう質問がありました。

なるほどという答えが気になったので調べてみました。

チコちゃんに叱られる!なぜ始球式で空振りをするようになった?

なぜ始球式で空振りをするようになった?

答えは、大隈重信が偉すぎて空振りするしかなかったから

 

教えてくださるのは
愛知・名城大学 外国語学部 准教授
鈴村裕輔 先生(すずむら ゆうすけ)

  • 始球式自体はアメリカから伝わったものだそうです。
  • 記録に残る最古の始球式は?
    1892年アメリカ「ウエスタン・リーグ開幕戦」だそうです。
  • 試合があった翌日の新聞1892年4月17日付
    アメリカ「オマハ・デイリー・ビー」紙より
  • 英語原文
    「Governor Mc-Kinley threw the ball into the diamond. 」
  • 日本語訳
    「州知事がグラウンドにボールを投げ入れた」
  • 始球式のやり方は、日本の方法とは違い客席から
    グランドに向かって球を投げるスタイルだったそうです。
  • アメリカでは空振りどころかバッターが打席に
    立っていなかったそうです。
  • 始球式で空振りをするのは日本発祥だそうです。
  • 日本に野球が伝わったのは明治5年ごろだそうです。
  • 日本の野球に大きく貢献した1901(明治34)年 創部の
    早稲田大学野球部でアメリカ遠征もしていたそうです。
  • アメリカ遠征中に「始球式というものがある」ことを
    知って日本でもやってみることにしたそうです。
  • 1908(明治41)年11月に来日したアメリア野球選抜チームの
    「リーチ・オール・アメリカンズ」と日本のチームが対戦
    することになったそうです。
  • 記念すべき第1戦目は早稲田大学野球部との試合だそうです。
  • 早稲田大学野球部が第1戦目であったことやアメリカの
    職業野球選手が日本で最初の試合だったため記念として
    日本で最初の始球式を行うことになったそうです。
  • 始球式にふさわしい人物として選ばれたのは早稲田大学の
    創設者の大隈重信さんだそうです。
  • 大隈重信さんは内閣総理大臣も務めたまさに政界の重鎮
    その大物が日本初の始球式を投げることになったそうです。
  • 大物の大隈重信さんによる始球式に予想以上に観客が
    集まってしまい大隈重信さんの側近たちは
  • 「予想以上に集まった観客全員に見えるように
    大隈重信さんにはマウンドから投げていただいた
    ほうがいいのではないか?」
  • 「それならいっその事、試合同様に打者が立ったほうが
    大隈重信さんもさぞ気分を良くなさるのではないか」
    と打合せをしたそうです。
  • そこで当時早稲田大学野球部主将で1番バッターだった
    山脇正治(やまわきまさはる)さんが打席に立つことに
    なったそうです。
  • 山脇正治さんは「打席に立って、私はどのようにしたら
    いいのでしょうか?」と側近たちに質問したそうです。
  • 側近たちは「それは自分で考えなさい」と言ったそうです。
  • そして日本初の始球式に望むべく大隈重信さんが
    グランドに足を踏み入れたそうです。
  • 野球帽をかぶって選手たちとご満悦に写っている
    大隈重信さんの写真が残っているそうです。
  • マウンドから投げる始球式は、この時がおそらく
    世界初の試みだったそうです。
  • ここからはチコちゃんたちの妄想です
    「このときの山脇正治さんや側近たちは、みんななんとなく
    大隈重信さんの投げた球を山脇正治さんが見逃してストライクに
    なるだろうと想像していたのではないかと...」
  • 大隈重信さんはピッチャーがどのように球を投げるかを
    知らなかったかもしれませんが、投げた球はキャッチャー
    まで届かず途中で止まってしまったそうです
  • その状況に会場の空気も凍りついたそうです。
  • そんな静寂の中、アメリカチームのキャッチャーが
    球を拾いに行ったそうです。
  • もしキャッチャーが球を拾ってしまうと判定はボールに
    なってしまいます。
  • 判定がボールになると大隈重信さんに恥をかかせることに
    なってしまうと考えた山脇正治さんは「自分しかこの状況を
    救えない」と思い、空振りをして判定をストライクにした
    そうです。
  • 山脇正治さんが取った、とっさの判断で空振りしたことにより
    大隈重信さんのメンツは保たれて会場は拍手喝采が巻き起こった
    そうです。
  • この空振りがきっかけとなり日本の始球式はどんな球が
    きても空振りをする始球式が始まりになったそうです。
  • しかし翌日の新聞では、この空振りには触れられていな
    かったそうです。
  • 新聞紙面には「球はバッターボックスに転がった。
    捕手は直(じか)に球を取った。これを(大隈)伯爵に
    贈呈して始球式が終わった」と掲載されたそうです。
  • 始球式顛末が明らかになったのは14年後の大隈重信さんが
    亡くなられたあとの総合スポーツ誌「運動界」1922(大正11)年
    3月号の記事だそうです。
  • 「捕手はマスクを投げ捨てると狼狽(ろうばい)して球を
    拾いに行った。第一打者の山脇君は思い出したように
    バットを振る」と書かれているそうです。
  • 大隈重信さんは早稲田大学の創設者で内閣総理大臣も務めた大物
    だったためにバッターが気を遣ってバットを振ったということは
    翌日の新聞は書けなかった、あるいは書かなかったそうです。
  • それだけ大隈重信さんは偉大な人物だったということだそうです。
  • それでは、始球式でわざと空振りをした山脇正治さんとは
    どんな人物だったのかというと?
  • 山脇正治さんの長女の美那枝さん(97歳)にお話を聞きました。
  • 番組D「お父様が空振りをした話はご存知でしたか?」
  • 美那枝さん「あんまり聞いてないんですよ。」
  • 美那枝さん「おしゃべりで ひょうきんで 明るい人でしたね。」
  • 美那枝さん「どこに行ってもすぐに笑わせたり
    オナラなんかボーボー 平気でしちゃうんのよ。」
  • 美那枝さん「私はイヤで、うふふ」
  • とかなり愉快な方だったようですね。
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チコちゃんに叱られる!なぜ始球式で空振りをするようになった? まとめ

いかがでしたでしょうか!

今回は、チコちゃんに叱られる!なぜ始球式で空振りをするようになった?
について情報発信させていただきました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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